松浦正則社長 | 橋本久義教授 |
松浦: | おはようございます。
今回、福井県機械工業協同組合50周年の記念式典の記念講演で、橋本先生にお出ましいただきました。 ちょうど、昭和28年に組合が創立されて、歴代の委員長以下組合員が、これまで日本の成長期に合わせて大変な苦労をして来ました。 その間には、共同仕入れや、共同販売、そして、共同施設を作ったりと、皆で力をあわせ、成長期にあわせて、伸びてきた。 ところがここにきて、大きく流れが変わっています。 ひとつは、工業化社会から情報化社会へ移っていった80年代後半にグローバル化が急速に進み、単一市場化による一物一価。 同じ商品やサービスなら、一番価格の安いところが世界の主導権を握る、そんな中で今年わが組合は50年目の節目を迎えた。 そこで私達は時代の変化に自分達がどのように変化していくかと、同時に50年も経ちましたから、世代交代も始まった。 今、どういう風に、生きようか、それが組合長を引き受けた私の最大の課題。 そんな中で、日本のいろんな物作りの現場も回られているし、最近では中国にも行かれています。 中国と日本の中小企業、特に我々の業界を含めた変化に対して、何か指針があれば、先生にお伺いしようと思いまして、まずは日本経済。 非常に難しいですが、如何でしょうか。 |
橋本: | 今までの不況と今回の不況の全く違った点は、2つあると思います。
一つは、金融機関が傷んでいることですね。 今までは、むしろ不況の方が金融機関は儲かって、実力があって困っている企業があれば、その金融機関が支えてきました。 ところが、金融機関自身が傷んでいるので、いい企業があっても支える元気がでない。 これは、今までと全く違ったことです。 今まで不況の中でも、経験がないことです。 金融機関が安定しないから、中小企業が思い切った投資が出来ない。 貸し剥がしのような事もありますから、先走ると足を引っ掛けられてしまいます。 もう一つは、中国ですね。 今までは、東南アジアで空洞化だ、産業が移転して大変だと言っていましたが、根こそぎなくなることはなかった。 ところが、今回は中国が対抗してきて、本当に根こそぎなくなってしまうのではないかという恐れを皆が抱いています。 結論は、大変なライバルですが、何でも出来るわけないし、逆に大きな市場でもある。 だから、うまく連携し、協調し、競争しながら、一緒に手を携えて。 ある場合には、相手の力を利用して勝つという、そういう裏技を使うということも必要です。 ただ、中国の力は、ものすごく強いものだから、景気が良くなっても仕事が増えないかもしれないという恐れを、皆さん抱いてらっしゃる。 今までと全く違う点だと思います。 |
松浦: | 2つのキーワードの内、日本が今まで経験したことのない金融システムに対して、中小企業の心構え、アドバイスは。
|
橋本: | 今回の金融システムの規制で、中小企業の方は大変苦しんでいらっしゃいます。
今までは、不況になると「逆張り」という、不況の方が何でも値段が安くなり、 スピードも速く、他の会社が力を落としている時だけに力も出るし、不況の時にむしろ投資される方がいました。 今回は、不況の時に投資すると即、今までの借金を返してくれと言われるから、思い切って設備投資できない状態になっている。 金融機関の規制は、政府では金融機関を強めるという考えだが、実態は中小企業の力を弱め、金融機関自体の力も弱めています。 |
松浦: | 日本の製造業の8割を、中小企業が支えているところに、
わが国が中小企業を大事にする金融システムを、構築頂けたらと思います。
|
橋本: | 私は、かつて通産省にいた時から、2000社を超す中小企業の工場を訪ねてきました。
私がつくづく思うのは、中小企業の社長さんは、皆さん人格者であり、人間教育をやっているのは、中小企業だと思います。 道を誤った青少年が就職すると立派になります。 働くことは、人間として自分を実現していく、一番良い道だと思います。 中小企業の社長とお会いすると、本当に立派な方だと思います。 私は、中小企業は日本の真心、世界の宝と言っています。 |
松浦: | 先生の話の一つは、我々の規模ですと、家族的ですよね。
生活も一緒に持ち込みますから。 それが、人を変えていくのでしょう。 仕事だけでなく、ビジネスライクにいかない所が、中小企業の良さですから。 人を育てると言う点では、そういうところがあります。 中小企業のもう一つの要件、中国のものすごいパワーが今、工場化していますが、 日本の中小企業がどこに切り口を求めて、前に進んでいけばいいか。 このところに絞り込んで話していただけませんか。 |
橋本: | 一つの切り口は、中国はものすごく若いということですね。
例えばハイアルという中国で最大の企業ですが、そこの董事長(トウジチョウ)(資本家)は、まだ53歳です。 TCLという大企業の社長も45歳、レジェンドというパソコンで一番は37歳。 3,000万人の大きな都市の省長(日本でいう知事)は46歳、皆さん若い。 市長は30代、省長は40代。 年軽化という、中国は若返りを計っています。 この前も中国の道を走っていましたら、農家が看板を出していた。 尋ねると、機械が何台かあり、紡績工場を営んでいた。 社長は、40代の女性、どうして始めたのかと聞くと、近所でこんな仕事があるが、やってみないかと言われ、3年前に始めたそうです。 今では、娘と息子と一家3人で4〜50人を使って、経営していました。 |
松浦: | 起業や創業精神が旺盛ですね。
|
橋本: | でもね、よく考えてみると日本の戦後もみなそうだったですよね。
どんどん会社が出来ていった、時期じゃないかと思います。 今の中国も4〜50年前の日本と同じで、ものすごく、若さを感じますよね。 |
松浦: | そうですね。
その他、技術開発やマーケティングの上手さあたりは、日本企業と比べて如何ですか。 |
橋本: | 比較にならないと思います。
今、日本は、自信を無くしすぎていますからね。 中国でいろんな物が出来ますし、日本においても現実に仕事が減っていますから、よけいです。 大企業は、何でも中国で作れと言われていますからね。 今は、コストも品質も合わないが、とりあえずやってみろとうことで、過剰に日本での製造が減り、 景気が悪いことと重なって、中小企業に大きなインパクトを与えています。 しかし、景気が悪いと言う要素が強いわけで、景気が回復すれば今みたいな減り方ではないと思います。 日本で良い物を作れば、中国ではそう簡単に作れないですからね。 |
松浦: | 福井の中小企業、特に我が福井県機械工業協同組合の組合員全部で90社。
二世、三世が育っている若手社長の組合員がうち47社あります。 福井県の組合連合全体ですと250社ですが、組合のあり方が昔のような共同仕入、 共同資金手当てをするのではなく、時代に先駆けて、対応する情報が欲しい、違いを出していきたい、 という棲み分けをしたいと考えているのですが、どのように棲み分けしていけば良いのか。 又、こういうところを活かしたら良いか、事例を教えてください。 |
橋本: | 日本の強みは、中小企業はそれぞれ高い技術を持っていて、尚且つ連携できることです。
人数が少ない中小企業が連携しながら、必要に応じて、得意分野を活かし協力していくということが大切です。 異業種交流の中で、いろんな知恵を出しながら、やっていくことは、中国より一歩、力をもっていますから―。 |
松浦: | 我が組合の青年部は、組合員全員にホームページを持たせ、それぞれ持っているコア技術を含めオープンにして、
瞬間的に連携を組むことを考えています。
|
橋本: | 福井の工業はメガネも世界的に有名ですし、実は工作機械も大産地でした。
福井ブランドを押し出していく。 機会あるごとに皆さんに訴えていくことだと思います。 一つの例で、東大阪や東京の大田区ですね。 全国的に有名ですが、昔からそこの方々は情報発信を行っています。 今でも、大田区には、インターネットを通じて、中国から注文があります。 中国でも出来ない加工が沢山ありますから、それらの注文を受けて、商売をしている方が沢山います。 それらは、インターネットを使って、便利で早く安い手段がありますから、 それらを活かす為にも“大田”という名前が売れていないといけない。 |
松浦: | 福井の名を売らないといけないのですね。
|
橋本: | 福井は、メガネや繊維で高いイメージをお持ちですから、
それらを上手くキャッチフレーズとして、つくっていくことだと思います。
東大阪は、人工衛星を協同組合でやっていますが、人工衛星自体は商売にならないと思うのですが、 東大阪のイメージとして、おもしろいことやってるね、協力してやってるねという。 宇宙や人工衛星というイメージから、真空のベアリングやオイルレス機器ができるかもしれないという、 アドバルーン効果はものすごく大きい。 実際にやってる方も、元気が出ると思いますし、いろんなところがとりあげてくれることで、 参加者が多くなり、元気になると思います。 ですから、まず最初の情報発信を、ぜひおやりになると良いと思います。 |
松浦: | これから、福井県全体に広げるように、支援していきたい。
またITは、自分の情報が常に裸にされている意識を、持っていないといけないと思うのです。 日本から中国に情報が移っていく、キャッチアップの速さは我々が経験した、 日本の戦後とは違うと思いますが、どういうお考えですか。 |
橋本: | ITは、二面あると思います。
実は、ITは、ない方がいいとも思っていますよ。 世の中から消せるなら、消したほうが幸せだと思います。 人間は、情報ギャップがビジネスチャンスで、飯を食っているところがあるので、 どこかで安くて良いものを作っているところがあるのですが、大概の人はそんなこと知らないのですよ。 だからどのようにアプローチして良いかわからないから、高く売っている人も安く売っている人も、皆が飯が食べられるようになる。 誰が一番安く売っているかが分かるとすぐに殺到してしまう。 私は、殺到の経済と言っていますが。 昨日までの勝者が忽ち今日は、敗者になる。 そういう状態は、人間社会においては、ものすごく不幸だと思います。 ITは、無くせる物なら、無くした方がいい。 ただ人間は、在る物は無くせないから、逆にうまく利用していくしかないですね。 マイナスを減らしながら活用していくしかない。 今度は、先ほど言ったことの逆ですが、ITぐらい安くて早くてワールドワイドで、強力な武器はないと思うのです。 クリック一つで全世界に情報が送れる、便利なもですからね。 今までは、どんなに良い物を作っても、全世界の人に知っていただくことが出来なかった。 これができるようになりましたからね。 |
松浦: | 私どもも組合の皆さんに50周年を迎えて、この機会を前向きに捉え自分たちのコアを見つけて、磨き上げることにしよう。
一人で出来なかったらアライアンスを組む、このキーワードでITネットワークを構築して、瞬間的に対応しようと、話し合っています。 今年のお正月に、シャープの辻顧問が話された言葉で印象に残ったのは、「世界にないものを作るか、世界にない作り方を考えるか」でした。 そして、私どもが経験して分かったことは、世界で最も新しいものを、マーケットとして育ててくれるのは、やはり日本だと思います。 お金もありますし、新し物好きだし。 新しいものをチャレンジするのに、「日本に居るのはもってこいのところだ」と、我々の周りに知らせたいと思います。 |
橋本: | 社員全員がセールスマンで、全員がその意識を持ってやるという中国企業がありまして、とても面白い企業だと思いました。
自分を売り込むように福井県を売り込むか、どういう風にアピールするかを、常に考えていることが大切です。 |
松浦: | あと、もう一つ抱えている問題が世代交代です。
これをスムーズに時代に対応し、後継者に任せていくことが必要と思います。 ただ、世代交代の環境は、創業時と全く一緒。 起業と同じくらい厳しく、過去を断絶する時代にきていると思うのですが、なかなか吹っ切れないですね。 |
橋本: | 中国は得なのです。
江沢民が胡錦濤になって、省長も若返りを行っています。 また、文化大革命の文革世代が40、50代なのですが、文革の中で大学がなくて、 現在は、若い世代に譲るということを積極的に行っているようです。 |
松浦: | 我々も強い意思力でやらなければと思っています。
さて、先生から特に我々や、福井の中小企業に対して、何かおっしゃりたいこと。 又はキーワードを頂ければ。 |
橋本: | 二文字で言えば「連I」(レンアイ)ですね。
ゆるやかな連携を保ちながら、仲間と一緒に協力して福井県としてやっていく。 ITを活用して、全世界に発信していく。と言うことだと思います。 |
松浦: | 我々の中小企業には、変化に対応するスピードを上げろ、ということですね。
先生は、よく促進とおっしゃっていますが。 |
橋本: | 実は、私は、「連I促進」といっていますが。
早くする、技術を深める、緩やかに連携しながら、ITを活用してどんどん世界に訴える。 一方で技術を進化させ、スピードを速く、需要に即応してやっていく。 日本の小回りのきく中小企業の持ち味を、十分活かしてやっていけばと思います。 |
松浦: | 先生は、「町工場が滅びたら日本も滅びる」という本をお書きでして、私も勉強したく思います。
一番のキーワードは、「我々の町工場が製造業を支えている」と自負して、がんばっていくことでしょうね。 |
橋本: | 日本の町工場は、世界の宝ですから。
|
松浦: | はい、わかりました。
お話頂いた事を肝に銘じて、がんばっていきます。 ありがとうございました。 |
1945(昭和20)年 | 福井県越廼村生まれ |
1969(昭和44)年 | 東京大学工学部精密機械工学科を卒業し通商産業省入省。
西ドイツ・デュッセルドルフにジェトロ職員として3年間駐在。 その後、通産省機械情報産業局鋳鍛造品課長、中小企業技術課長、立地指導課長、 総括研究開発官等を歴任し、埼玉大学教授に就任。 |
1997(平成9)年 | 政策研究大学院大学教授。
発展途上国の産業発展と、中小企業の活性化をメインテーマに研究に取り組んでいます。 著書に「町工場が滅びれば日本が滅びる」「町工場の底力は俺達が支える」などがあります。 |